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最高裁判所第二小法廷 昭和63年(オ)1748号 判決 1992年3月13日

上告人

住友生命保険相互会社

右代表者代表取締役

上山保彦

右訴訟代理人弁護士

川木一正

松村和宜

長野元貞

被上告人

亡古村長一相続財産

右代表者相続財産管理人

夏目文夫

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人川木一正、同松村和宜、同長野元貞の上告理由について

一原審が適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

(一)  訴外古村長一(以下「長一」という。)は、昭和五七年四月一日、上告人との間で、自己を被保険者、保険金受取人を訴外古村初子(以下「初子」という。)、死亡保険金を四五〇〇万円、保険期間を五年とする定期保険契約を締結した。

(二)  右保険契約の約款(定期保険普通保険約款)二六条二項(以下「本件条項」という。)は、保険金の支払理由の発生前に限り保険契約者又はその承継人が死亡保険金受取人を変更することができることを前提として、「死亡保険金受取人の死亡時以後、死亡保険金受取人が変更されていないときは、死亡保険金受取人は、その死亡した死亡保険金受取人の死亡時の法定相続人に変更されたものとします。」と規定している。

(三)  初子は昭和五七年八月二四日死亡し、長一は、保険金受取人を変更することなく、同年九月九日に死亡した。

(四)  長一の第一順位の相続人である古村忠次(以下「忠次」という。)及び古村永一(以下「永一」という。)並びに第二順位の相続人である久我タキ、長野スミエ、窪田カツ子、高橋アサ子及び大谷フジ子は、いずれも相続の放棄をした。

(五)  長一には相続人となるべき者がいないため、同人の相続財産(被上告人)の管理人に夏目文夫が選任された。

二右事実関係の下において、原審は、(一) 本件条項は、被保険者でない保険金受取人(本件条項にいう「死亡保険金受取人」)が死亡し、保険契約者においてその指定(本件条項にいう「変更」)をしないで死亡した場合に関する商法六七六条二項の規定と異なり、「死亡保険金受取人は、その死亡した死亡保険金受取人の死亡時の法定相続人に変更されたものとします」と規定しているから、保険契約者兼被保険者の死亡時に生存する法定相続人を保険金受取人とする趣旨と解することはできない、(二) 長一が初子の死亡後に保険金受取人を変更しなかったのは、本件条項に従うことで足りるとしたものということができる、(三) 初子の死亡によって保険金受取人となった長一の地位は、被保険者たる同人の死亡によって確定し、長一について本件条項を重ねて適用する余地はない、(四) 本件においては、特約である本件条項が商法の前記規定に優先して適用される関係にあることを理由として、本件条項によれば、初子の死亡によって、その法定相続人である長一、忠次及び永一が本件保険金受取人たる地位を原始的に取得し、右三名は民法四二七条の規定により平等の割合で保険金請求権を取得したものであり、長一の死亡により同人の保険金請求権は同人の相続財産に帰属したとして、本件保険金額の三分の一の支払を求める被上告人の請求を認容した。

三しかし、原審の右判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

すなわち、本件条項の趣旨は、保険金受取人と指定された者(以下「指定受取人」という。)の死亡後、保険金受取人の変更のないまま保険金の支払理由が発生して、右変更をする余地がなくなった場合には、その当時において指定受取人の法定相続人又は順次の法定相続人で生存する者を保険金受取人とすることにあると解するのが相当である。けだし、本件条項は、保険金の支払理由の発生前に限り保険契約者又はその承継人が保険金受取人を変更することができることを前提として、指定受取人の死亡後に右変更がされていないときには、保険金受取人が指定受取人の死亡時の法定相続人に変更されたものとすると規定しているのであるから、保険契約者又はその承継人が自らの意思で保険金受取人を変更することができる間に右法定相続人の保険金受取人としての地位が確定することはあり得ず、この間に本件条項によって保険金受取人とされた指定受取人の法定相続人が死亡したときは更にその法定相続人が保険金受取人に変更されたものとされる結果、被保険者の死亡等により保険金の支払理由が発生して保険金受取人を変更する余地がなくなったときは、その当時において生存する指定受取人の法定相続人又は順次の法定相続人の保険金受取人としての地位が確定することになると解すべきであるからである。また、第三者を保険金受取人とする生命保険契約を締結する者の現時の一般的意識を前提とするときは、保険金受取人が指定受取人の法定相続人である保険契約者自身に変更されたものとされる場合でも保険の性質が保険契約者自身のためにするものに変わるものではないと解すべきであり、本件条項の文言からもこの場合を別異に扱うべき理由はないから、本件条項の趣旨は、保険金受取人とされた保険契約者が死亡したときは、保険金受取人は更にその法定相続人に変更されたものとすることにあると解すべきであって、死亡した保険契約者に保険金受取人としての地位が残ると解すべきではない。そして、このことは、商法六七六条二項の規定に関する判例(大審院大正一〇年(オ)第八九八号同一一年二月七日判決・民集一巻一号一九頁)の見解と一致するものであるから、右規定と本件条項の文言の相違をとらえて本件条項が商法の右規定と異なる趣旨を含むものと解すべきではない。

そうすると、本件においては、特約である本件条項が優先して適用される関係にあるとしても、その趣旨は、既に述べたところにあると解すべきであるから、指定受取人である初子の死亡によって、その法定相続人である長一、忠次及び永一が保険金受取人としての地位を取得すべきこととなり、さらに、保険契約者兼被保険者である長一の死亡により、忠次及び永一が保険金受取人となりその地位が確定したのであるから、結局、忠次、永一の両名が民法四二七条の規定により平等の割合で保険金請求権を取得し、長一の保険金請求権が同人の相続財産に帰属することはない。

以上によれば、右と異なる解釈の下に被上告人の請求を認容した原判決には、法律行為の解釈に法令の違背があり、これが判決に影響することは明らかであるから、この趣旨をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記説示に徴すれば、被上告人の本件保険金請求を棄却した第一審判決は正当であるから、被上告人の控訴を棄却することとする。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中島敏次郎 裁判官藤島昭 裁判官木崎良平 裁判官大西勝也)

上告代理人川木一正、同松村和宜、同長野元貞の上告理由

○ 上告理由書(一)記載の上告理由

原判決には、判例違背並びに理由不備、齟齬、審理不尽の違法がある。

第一、判例違反

一、大審院大正一一年二月七日判決(民集一巻一九頁)は、保険契約者Aが保険会社との間で自己を被保険者とする生命保険契約を締結し、被保険者A死亡の場合の保険金受取人を妻Bと定めていたが、妻Bが死亡し、その後Aが保険金受取人を指定しない間にAも死亡したという事案で、訴訟はAの後妻の子Xが保険会社に対して保険金の支払いを求めたものである。

Xは、訴訟において、まずAがその妻Bの遺産相続人としてBの保険請求権を相続し、次いでAの遺産相続人であるXがそれを相続によって取得したと主張した。

これに対して保険会社は、旧商法第四二八条の三第二項(現行商法第六七六条第二項)にいう保険金額を受取るべき者の相続人とは、受取人指定権者の死亡の時を標準として第一相続順位にある者を指すのであり、本件の場合、指定権者A死亡の時を標準とすればBの相続人はその実父Dであると主張した。

それに対し、原審は、Bの死亡によりAが商法の規定により保険金受取人となっていたところ、そのAが死亡したことによりXがAの権利を相続によって取得したとしてXの請求を認容したとされている。(中西鑑定書三三頁)

大審院判例は、右原審の「Xの権利取得はAの保険金請求権を相続により承継したものであるとする。」との考え方を否定し原始取得によるものであるとした上で、旧商法第四二八条の三第二項(現行商法第六七六条第二項)により保険金受取人となるべき者はXであると明確に判示したのである。

二、右大審院判決並びにこれに示された現行商法第六七六条第二項の意義及び解釈は、本件生命保険約款第二六条第二項の規定の趣旨目的に生かされ、商法の規定を変更したものでないことは上告人が強く主張した点であり、これについては別途詳述するが、ここでは次の点で原判決が大審院判例に違背していることを指摘する。

原判決は、「被控訴人は長一死亡の時点で約款第二六条第二項が適用されるから保険金受取人は結局忠次及び永一に変更された旨主張するが、前示のとおり、保険金受取人として当初指定された初子の死亡に基づき約款第二六条二項の規定によって保険金受取人となった長一の地位は、被保険者たる同人の死亡によって確定し、その後更に右約款の規定を適用する余地は存しない。」旨判示している。

約款第二六条第二項に関する原判決の理解では、長一も約款指定受取人となり、長一は契約者、被保険者、受取人の地位に立つのであり、この範囲に於いて、長一の立場と前述のAの立場は同様である。この場合、大審院はAの死亡をそれぞれの相続人に対する受取人権利の確定の問題と捉えることなく、受取人欠缺の場合の権利者の判定基準を定める現行商法第六七六条第二項の問題として捉えているのである。

なる程、原判決は、本件約款が現行商法第六七六条第二項と異なる旨指摘している。この点に関して原判決が指摘する問題点については後に詳述するが、原判決の趣旨が、同約款第二六条第二項は長一の死亡時迄のことを規定するにとどまり、長一が死亡した場合についてその適用がないと考えているとするならば、本件約款にはこの場合の処理を定めた規定が存在しないことになるので、結局約款の合理的解釈又は商法第六七六条第二項の解釈による他はないことになる。

前述のとおり、判例は本件と同様の事例について受取人欠缺の問題として捉えているのであるから、この意味で、受取人の権利確定、相続と判示した原判決は明らかに判例違背を侵していることになる。

第二、原判決には理由不備、理由齟齬の違法がある。

一、原判決は、「商法第六七六条第二項の規定と約款第二六条第二項の規定はいずれも保険金受取人が被保険者でない第三者である場合に関する規定であって、保険金受取人が死亡した後、保険金の支払理由が発生する迄、保険金受取人の指定、変更がなされていない場合に保険金受取人を定めている点において差異は存しないが」、約款第二六条第二項は「『保険金受取人の死亡時の法定相続人』と断定的に規定し、もって保険金受取人死亡時説にすることを明らかにしているのであるから、これを被控訴人の主張するように『保険契約者兼被保険者の死亡当時生存する相続人』と解することは文理上からも困難である。」と述べ、「本件死亡保険金受取人を定めるにあたっては約款第二六条第二項の規定が商法第六七六条第二項の規定に優先して適用されるのであるから、右商法の規定についての解釈論をそのまま約款の規定に導入することは許されない。」として上告人の主張を排斥している。

しかし、原判決の右判示部分は結論に於いて約款に対する単純な意味での文理以外の一切の理由を示していないが、かかる単純な理由で処理できるほど安易な事柄ではないのである。

凡そ、条文、契約条項等の解釈については、起草者乃至起案者の意思、文理、具体的に形成されている慣行その他を総合的に判断し、当該条文、条項の合理的かつ公平な解釈がなされなければならない点については異論をみない筈である。

そして、上告人提出の<書証番号略>に明確に示されているとおり、本件約款は商法第六七六条第二項に関する前記大審院の解釈、及びその解釈を踏まえた生命保険会社多数の実務に沿って、更に右を明確化する為に規定されたものであり、保険者たる上告人は本件約款を原判決の如く読んだことは過去に於いて一度たりともないのである。

そこで次に、起草者の意思、慣行について述べる。

1 商法第六七六条第二項の起草者の意思

旧商法第四二八条の三(現行商法第六七六条)の立法趣旨について政府委員斎藤十一郎氏は、①保険金受取人は保険事故発生前においても一応、保険契約の利益を享受する権利を有するが、彼が被保険者より先に死亡したときには保険金受取人の相続人がこの権利を相続するのではないことを明確にしたこと、②この場合には、保険契約者が更に別の保険金受取人を指定することができるのであり、必ずしも死亡した保険金受取人の相続人が新保険金受取人として指定されるとは限らないこと、③もし、保険契約者が新保険金受取人を指定しないまま死亡したときは、もうやむを得ないので保険金受取人の相続人をもって新保険金受取人とすることにあると説明している。

次いで、明治三二年商法第四二八条第四項の規定について、保険契約者が変更権を行使しないで死亡したときには、被保険者をもって新保険金受取人とするという規定に代えて明治四四年商法第四二八条の三第二項が保険金受取人の相続人を以て新保険金受取人とする旨の規定を設けたことの理由として「是(旧法の規定-上告人挿入)は、保険契約者の意思に却って副わぬであろう。又、理屈に於きましても被保険者が受取人になるということは、どうも理屈に合わないので、それで保険契約者の意思に合い且つ理屈に合います事柄と致しまして、保険金額受取人の相続人を以て保険金受取人とする、是は先づ最終の受取人であります。斯様に規定を致しました。」としている。(<書証番号略>)

右の被保険者をもって新保険金受取人とするのは保険契約者の意思に反するという政府委員の説明の背景には次の様な考えが存する。

即ち、本件の如く保険契約者が同時に被保険者である場合、死亡保険金を与えるべき者を指定した場合には、保険契約者自身が死亡保険金を享受することは論理上考えられないだけでなく、保険事故発生時に生存している者であって実質的に保険金を活用し得る者に対して保険契約上の利益を与えたいと考えるのが保険契約者の通常の意思である。

従って、仮に被保険者より先に保険金受取人が死亡するというような保険契約者の予期しない事態が発生した場合においても、その段階において当然に他人の為にする生命保険契約が自己の為にする生命保険契約に転化することは保険契約者の保険加入の意思に反することである。

保険契約者としては、他人の為にする生命保険契約は、明示の意思表示なきかぎり、その成立の当初から消滅に至るまで終始その構造を変更することなく、最後まで他人の為にする契約としての構造が厳守されていると考えているものである。少なくとも、被保険者自身が他人に代わって保険金受取人となる余地は全くないというのが保険契約者の意思である。

このように自己の為にする生命保険契約と他人の為にする生命保険契約とは契約成立の当初から本質的に異なる二つの契約類型であって相互に転換することはないという考え方が保険契約者の意思に関する前記政府委員の説明の背景にあると考えられるのである。

商法第六七六条第二項は、単に相続による保険金受取人たる地位の取得を確定させるだけの規定ではなく、保険金受取人の変更を擬制した規定と捉えるのが多数説であるが、保険金受取人の相続人に変更されたものとみなすのは、保険契約者の意思は前記説明の如く自己の為にする保険とはしないというものであったことを受けて、保険金受取人の相続人に保険金を取得させるのが最も保険契約者の意思に沿ったものと考えられるためである。そして、この政策的判断には明らかに、保険金は相続人という生存している者に支払われるようにするという判断も含まれているということができるのである。

2 大審院大正一一年二月七日判決

この判決は、保険金受取人が保険事故発生前に死亡した場合の保険金の帰属についてのリーディング・ケースであり、今日迄約六〇年余りにわたり、学説、判例及び実務に影響を与えてきた重要な判決である。

右判決は、商法第六七六条第二項にいうところの保険金受取人の相続人とは、保険金受取人の死亡時における相続順位に従い相続人となった者をいい、又、商法第六七六条は、保険金を受取るべき者を保険金受取人の直接の相続人に限定したのではなく、保険契約者が新受取人を指定せずに死亡し、それ以前に保険金受取人だけでなく、保険金受取人の相続人もまた死亡したときは、相続人の相続人もしくは順次の相続人であって保険契約者死亡当時生存する者をもって受取人とする趣旨であるとしている。

右判決の意義は、二つあると考えられる。

第一は、商法第六七六条第二項により保険金受取人の相続人が新保険金受取人となるのは、相続によるのではなくして、原始取得であること、この場合の相続人の範囲や順位の判定時期は、保険契約者死亡時ではなく、相続法上の原則により保険金受取人の死亡時であることを明らかにしたことであり、第二は、保険金受取人の範囲に弾力性を持たせて、相続人の相続人も同条第二項にいう相続人に含まれるとしつつ、保険契約者死亡当時生存することという歯止めを設けて、保険金の帰属先を明確化しようとしたことである。

右第二の点については法文より直接導き出されるものではなく、保険金は相続人という生存している者に支払われるようにするという政策的判断から導かれた合理的解決という解釈も存する。

右の如く、本判決は、被保険者死亡時に既に死んでいた者には保険金を渡さないという原理を確立し、相続人のうち被保険者死亡の当時生存する者をもって保険金受取人とする旨を判示しているが、その理由づけとして、商法第六七六条第二項の立法趣旨が受取人となすべき者を定める根拠を相続関係に置いたこと、及び受取人の欠缺を補わんとする点にあると説明している。

即ち、生命保険契約は被保険者死亡後に生存している人の為の資金を提供することを本質とする契約であり、保険契約の合理的意思も死亡した保険金受取人と最も密接な関係を有する相続人に保険の利益を享受させたいということにあると解されるのである。

尚、本判決は前記の様に商法第六七六条第二項にいう保険金受取人の相続人には相続人の相続人も含まれる旨判示しているが、この点について、商法第六七六条第二項を二回適用した結果であると理解する立場が存することを付言しておく(中西鑑定書三四頁)。

3 本件約款第二六条制定経過及び約款制定前後の実務

本件約款は、商法第六七六条の前記趣旨に沿って更に右規定の趣旨を明確化する為に規定されたものであることは上告人が繰り返して主張してきたところである。右約款規定は昭和五二年に制定された社団法人生命保険協会・普通養老保険モデル約款第三一条の規定をそのまま採用したものであり、右モデル約款の制定趣旨は、<書証番号略>に明確に示されているとおり約款の平明化である。従って、上告人を含む生命保険会社の大多数は、本件約款制定の前後を問わず前記大審院判決の結論要旨に則り、保険事故発生時に生存する受取人(死亡保険金受取人の相続人であって、当該相続人の相続人を含む)に保険金を支払うという実務を一貫し、本件約款を原判決の如く読んだことは過去一度もないのである。又、約款制定に際し、従前の実務を変更しなければならない必要性は全くなかったのである。

即ち、保険契約者については、保険料の支払その他の権利義務との関係で常に存在する必要性が存するが、死亡保険金受取人については保険事故発生時に存在すれば事足りるのである。又、仮に相続財産であるとすると迅速性を要求される保険金の支払に際して、相続人の相続放棄如何で支払の宛先が相当期間不確定という事になり、生命保険契約の本来の目的である生存者の補償に多大な影響を与える事になるからである。

原判決は、右に述べた様な約款制定の背景について何ら判断しておらず、この点で理由不備の違法が存すると考える。

二、原判決は前記大審院判決について相当批判的な立場に立つと思料され、同判決で示された商法第六七六条第二項の解釈について、同判決は被保険者死亡時説(この意味は必ずしも判然としない。即ち権利者判定準則なのか、その基準時に関するものなのか。)に立っている旨述べ、約款はこれと異なるところの保険金受取人死亡時説に立つことを示しているから大審院判決の結論と同様に解することが文理上もできない旨述べる。

1 まず、前述の大審院判決が特定の学説を採用した場合、その結論に論理的矛盾があるものか検討してみる。判決は、死亡保険金受取人の死亡により受取人指定の効力は失効するという考え方(以下「指定失効説」という)を採用している。そして通常はこの考え方を採用した場合、受取人の死亡により保険金請求権は契約者に帰属するのが自然である旨解される。

しかし、この場合も保険契約者が死亡した時は、商法第六七六条第二項により、保険金受取人の相続人を保険金受取人に変更があったと解するよりも、保険契約者死亡時に法が保険金受取人の相続人を保険金受取人とみなしたという解釈の方が自然であるといわれている。右は、明らかに死亡した保険契約者に保険金請求権を付与するべきではないという政策判断が示されていると言えるのである。

この政策的判断を前提にした場合、保険契約者死亡時に生存している保険金受取人の相続人が保険金を取得するという考え方が自然に生まれてくるのである。

更に保険金受取人の相続人が保険契約者死亡迄に死亡していた場合、規定の適用なしというよりも相続人の相続人に対して商法第六七六条第二項の適用を認めるのが規定の趣旨により合致する。又、保険金受取人の相続人が保険契約者である場合については、形式的には死んだ保険契約者自身が保険金を取得するという解釈となりそうであるが、やはり前記と同様な処理をなすべきと考えられ、右が大審院の結論となったものと評価できるのである。

又、死亡保険金受取人の死亡により受取人指定の効力は当然には失効せず、不確定ながらも存続するという考え方(以下「受取人指定非失効説」という)に立って右判決を考えた場合、まず死亡保険金受取人の相続人の権利取得は相続によるというよりは法による擬制である旨の理解が多数である。更に、保険金受取人の相続人に変更されたものとみなすということは、保険契約者の意思は自己のためにする保険とはしないというものであることを受けており、保険金受取人の相続人に保険金を取得させるのがもっとも保険契約者の意思に沿ったものと考えられるためであると説明されることになる。

この政策的判断には、保険金は相続人という生存している者に支払われるようにするという判断も含まれているのである。この保険契約者の意思を忖度した場合、保険金受取人の相続人が死亡したときにも、保険契約者自身が当該保険金を取得するより、相続人の相続人に保険金を取得せしめることを望んでいるとみた上で解釈を図るべきということになり、これは商法六七六条第二項から直ちに導けるものではないが、一種の法の欠缺に於ける合理的解釈であるとの説明がなされることになる。保険金受取人の相続人が保険契約者であるときで、保険契約者と被保険者が異なる場合、商法第六七六条第二項を二回適用することになり、同様の事例で保険契約者が被保険者である場合でも、当該保険は保険契約者の自己のためにする保険とせず、生存している保険金受取人の相続人に保険金を取得せしめようとする政策的判断が前述のとおりあるゆえに、敢えて商法第六七六条第二項を適用することも許されると考え、前記判決を容認できることになるのである。

一方、受取人指定非失効説に立ち、かつ商法第六七六条第二項の適用による保険金受取人変更について契約者死亡時説を採った場合には、前記判決を容認することができないのであろうか。この場合も、受取人は不確定状態のまま保険契約は存続し、商法第六七六条第二項が生存している者に保険金を支払うとする規定であることが明白であるから、保険金受取人の相続人で保険契約者死亡時に生存している者に変更されたとみなすという解釈をとることになる。保険契約者と被保険者が同じときも保険事故発生時に変更があったものとみなすことになる。

この説に立つ場合、保険金受取人の相続人が既に事故発生時に死亡しているときには、商法第六七六条第二項は直接答えを出さないが、この場合も保険契約者の意思を忖度すれば、保険金受取人の相続人の相続人で生存している者が保険金受取人と解され得るし、保険金受取人の相続人が保険契約者兼被保険者の場合であっても保険事故発生時に変更があったものとみなされるので、同様に解されるのである。

以上の如く、いずれの立場に立っても保険契約者の意思を正しく忖度することにより大審院の指導的判決の結論を容認することができるのである。

2 以上の如く、大審院の判決の結論はいずれの学説を考慮しても妥当するのであり、その意味に於いて本件約款が原判決の言う保険金受取人死亡時説に立っているから文理上も上告人主張の如き結論にはならないと判断しているのは、あまりにも単純かつ短絡的判断で、理由不備も甚だしいものがある。

又、原判決は大審院判例を被保険者死亡時説である旨説示しているが、一般的理解は前述のとおり、少なくとも権利者判定準則は保険金受取人死亡時説である。被保険者死亡時説を採用していた場合は、受取人は実父Dということになり、結論が逆転することになる。尚、商法第六七六条第二項について、前述の大審院判例と同旨の判決として、札幌地方裁判所昭和六一年一一月四日(昭和六一年(ワ)第七二四号)がある。

3 原判決は本件約款の文理解釈のみを強調して、上告人の主張を排斥するが、約款は「死亡保険金受取人の死亡時以後、死亡保険金受取人が変更されていないときは、死亡保険金受取人はその死亡した死亡保険金受取人の死亡時の法定相続人に変更されたものとします。」と規定しているだけであり、権利者判定準則は明示されているが、権利者の判定基準時については明示されていないのである。

しかし、具体的保険金請求権を取得する保険金受取人が誰であるかを判定するのは、勿論被保険者死亡時であり、それ以外に保険者の方で権利者を判定する必要性は一切存しないのであり、この点について保険実務上、一点の問題点も発生しないということは前述のとおりである。

ゆえにかかる場合、本件約款の「……ときは」とは、被保険者死亡時を示すと同時に、その時点において尚、死亡保険金受取人が変更されていないときを意味すると文理上も解せざるを得ないのである。

原判決は、本件約款について前述の大審院判決の結論及びこれを尊重した実務を全く無視、又はこれと別途に文理上は権利者判定の基準時についても受取人死亡時を示していると解せざるを得ない旨判示するが、それならば、本件約款第二六条第一項で受取人の指定変更権の規定が存し、契約者は自由に変更できるので、単純に「保険金受取人が死亡したとき、保険金受取人はその死亡した保険金受取人の死亡時の法定相続人に変更されたものとします。」と規定してしかるべきであり、かかる規定をしなかった点においても、上告人主張の如き保険者の意思が示されていると解釈すべきであり、この点でも原判決には理由不備又は理由齟齬の違法が存する。

三、遺族補償について

上告人は、原審に於いて本件生命保険契約は他人の為にする保険契約であり、契約者の意図は遺族の補償にあり、受取人または受取人の相続人であって被保険者死亡時に生存する者がある限り、これらの者が被保険者よりも優先順位を持つ権利者となるので、被保険者自身はこれらの者と並んで、又はこれらの者より優先して自己の死亡保険金の分け前に預かることは許されない旨(<書証番号略>)、西嶋意見書を援用して主張した。

しかし、原判決は「確かに長一が本件生命保険契約を締結するに際しては、妻である初子の長一死亡後における補償を意図して同女を保険金受取人に指定したものと考えられるが、初子の死亡後は同女に対する補償の必要がなくなったのであるから、長一としては、約款第二六条第一項によって補償を必要とすると思われる者を保険金受取人に指定することもできたのにかかわらず、その指定をなさなかったのは、約款第二六条第二項の定める者に対する補償をもって足れりとしたものということができるから、被控訴人の右主張も失当である。」旨判示した。

原判決は、長一が指定変更権の行使ができるにも拘わらず、これをしなかったのは、自己の為にする契約が結果として発生することと認めたからだとしているかの如きであり、原判決が上告人の主張を排斥する重要な背景になっていると考えられる。

しかし、事実としては、本件に於いて長一は入院中であり、初子の死亡を知らされていないまま同人死亡の一六日後に死亡しているのであり、原審はこの点に関する一切の審理をなさず、誤った前提の下に誤った結論を導いたと言わざるを得ず、この点において、原判決には審理不尽の違法がある。

又、「……約款第二六条第二項に定める者に対する補償をもって足れりとしたものということができる」旨の原判決の理由付は、本件約款を原判決の如く解することを根拠とするものであるが、これは繰り返し述べたとおり、他人の為の保険契約を締結した保険契約者の意思を正しく忖度した大審院の判例及びこれを前提にした本件約款の制定、運用に対する無理解以外の何ものでもない。

四、本件約款の二回適用について

上告人は、本件約款は商法及び大審院の解釈を明確化したものであると強く主張するものであるが、仮に本件約款を原判決のように解釈したとしても、被保険者長一の死亡時に本件約款が適用され、長一は本件保険金請求権を取得できないのである。原判決は、右について、初子の死亡に基づき約款第二六条第二項の規定によって保険金受取人となった長一の地位は被保険者たる同人の死亡によって確定し、その後更に右約款規定を適用する余地は存しないとする。

しかしながら、本件約款第二六条第二項の要件は、「受取人の死亡時以後、受取人が変更されていないとき」であり、受取人の欠缺が唯一の本質的要件なのである。

被保険者死亡により保険金受取人の権利が確定するのは、商法第六七五条第二項によって保険契約者又はその相続人の保険契約に関する処分権が消滅する結果であって、保険契約者による保険金受取人の変更ではない本件のような場合には形式的な確定の問題よりも、より本質的な保険金受取人の欠缺という事実を重視せねばならない。

東京高等裁判所昭和五八年一一月一五日判決(判例時報一一〇一号一一二頁)は、保険契約者兼被保険者と保険金受取人が同時死亡した事例で「保険金受取人が死亡した後、まだ変更されていない間は、その死亡した保険金受取人の死亡時の法定相続人を保険金受取人として取扱います。」旨の約款解釈について、「本件のような場合に、保険契約者による受取人の変更(再指定)権の行使ということを考える余地のないことは控訴人の主張するとおりであるが、他方、本件のような場合を受取人がその保険事故発生当時において生存していた場合と同視し得ないことは原判決の理由に説示するとおりであり、むしろ本件各約款によって表示される当事者間の意思表示の解釈としては、本件のような場合には、まず一旦死者である受取人について死亡保険金請求権を発生させ、これをその法定相続人に承継取得させるというのではなく、受取人が死亡した場合に保険契約者が更に受取人を指定する権利を行使せずして死亡した場合に準じ、当初から受取人の法定相続人に死亡保険金請求権を取得させることを定めたものと解する方が、より合理的であって、その真意に沿うものというべきである。」と判示している。

右判決は、保険契約者が受取人の再指定を行うことが可能であったにも拘わらず、これをしなかったということは、この種の約款の適用のための本質的な要件ではなく、むしろ、受取人先死亡又は保険契約者兼被保険者と保険金受取人の同時死亡により受取人欠缺が生じることが唯一の本質的要件であるとしたものと解され、右解釈は本件についてもそのまま該当するのである。

ところで、前記大審院判決を商法第六七六条第二項を二回適用したものと理解する立場が存することは前述したとおりである。

右立場をとる中西鑑定書によると、大審院判決には、商法第六七六条第二項の一回目の適用により保険金受取人になった保険契約者兼被保険者が死亡したことにより保険金受取人の地位が確定しているにも拘わらず、二回目の適用をした点に誤りがあると指摘されている。

原判決も右中西鑑定書と同様の理由で上告人の主張を斥けているが、原判決によれば、前記大審院判決の事例も原始取得ではなく承継取得という事にならざるを得ないのである。

しかし、前記大審院判決が前記詳述したとおり、商法第六七六条第二項二回適用の理論だとしても、右判決の背景には、他人の為にする生命保険契約は変更権の行使による以外は自己の為にする生命保険契約に転換しないという保険契約者の意思推測と生命保険は生存している相続人に支払われるようにするという政策的判断があると考えられていたのであり、少なくとも、文理面でみる限り、商法第六七六条第二項については、保険金受取人の相続人が被保険者より先に死亡することは予想していないと考えられるにも拘らず、大審院判決が二回目の適用をしたのは、右背景を認めたうえでの合理的解釈、解決をなしたものであることは前述したとおりである。

そして、前記保険契約者の意思推測及び政策的判断は現在にもそのまま妥当し、それに本件約款の適用に際しても当然配慮さるべき事情である。

又、右約款の二回適用は前述の学説からすれば、指定非失効、保険金受取人死亡時変更擬制説に比較的なじんだ解釈ということができるが、指定失効説に立ったとしても、約款は保険事故発生時に保険金受取人が生存している原則的な場合についてのみ規定したに過ぎないと解することができ、その場合、その生存している相続人に固有の権利として保険金を取得せしめようとした規定であると解されるが、相続人が既に死亡していた場合については、直接の規定がないので、この欠缺は規定の趣旨からして埋められるべきだということになり、大審院判例が示す如く、やはり相続人死亡の場合は、相続人の相続人を以て、その者が生存している限りにおいて、保険金を取得し、相続人が保険契約者兼被保険者の場合もやはり規定の欠缺の一場合として、大審院と同様の法理で解決されることになる。約款の解釈について、少なくとも指定非失効、保険金受取人死亡時説乃至指定失効説をとる限り、学説上の破綻は存しないのである。

○ 上告理由書(二)記載の上告理由<省略>

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